《エビフリャーのグランドターフ》

 時に西暦2006年 2月 8日。昨年もしていた球場の人工芝の加工補助の仕事(アルバイト)は終了した。
 “ほとんど”滞りなく事態は進行した。ただ一つの、汚点を残し。
 彼の名は、仮にTmとする。20代中盤の長身痩せ型眼鏡をかけた、やや神経症な風貌である。
 彼とは、昨年も同じ仕事をした仲で、バイトでは数少ない経験者だ(というか、アルバイトでは私と彼だけだ)。まあ、一年近いブランクもあるし、段取りを殆ど忘れているので、その意味はあまり無いが。
 それはともかく(閑話休題)
 彼とはペアを組み、人工芝のロールの開梱と梱包ならびにその準備、廃材の処分などを行っていた。昨年は、それに追加してロールのセットとリフトの誘導も行っていたが、今回はそれは仕事先の社員が行うことになっていた。
 仕事先の社員からは、それなりの注意・警告を受けていた。まあ当然である。1反は幅4m・長さ80m前後あり、それを巻いたロールの直径は1.7mほどはあったと思う。確か重量は4・5tだったと聞いた。それをエンジン式のリフトで運ぶのだ。危険はある。だから、それについて、別に意見はない。
 仕事は、天候以外は問題はなかった。事故も無かった。
 ただ、Tmの休みは多かった。最初は親戚の葬式で1日。まあ、この日は、前日が日曜で余裕もあったためか、交代要員はすぐに手配できていた。しかしその数日後である。雨が降った翌日。彼はまた休んだ。風邪である。廃材を屋外の貨車に投棄する際に、雨に濡れていたのでそれが祟ったらしい(とはいえ、同じ仕事をしていた俺は風邪をひかなかった)。朝、俺が彼がいなかったことに気付き会社に電話したところ、彼の病欠といわれた。急な報告だったため、交代要員の到着が遅れた。結局彼は、風邪で、2日休んだ。
 まあ週末には復帰したので、一安心した。翌週は最終週だ。仕事の完了まで3日を残すばかりである。
 月曜日には、全く問題なく仕事をした。雨以外には問題はなかった。
 だが、火曜日。大問題が発生した。朝の集合に彼が来ていてない。仕事開始5分前。いつも俺が着く頃には、彼は着いているはずである。
 責任者からも問い詰められ、以前に聞いていた彼の携帯に電話する。
 何度目かの呼び出しの後、応答が在ったので様子を聞く。しかし様子がおかしい。なぜか会話が通じない。実は本人と思っていたら、その兄だった。改めて名乗り直し、事情を説明する。
 Tmはすでに外出した。いつもどおり、昼食の弁当も持ち。いつもの時間で。
 ちょっと待て。彼はそれが事実なら、どういう事だ。失踪か?。
 結局彼は、その日を以って馘となった。以後彼は、少なくとも最後にTmの兄と連絡を取った昨日の昼頃まで、3日近くの間帰宅してない。彼の家族は、警察に捜索願いを出したらしい。ただ、Tmは以前も、2週間ほど家出をしていた前科が在るそうだ。事件や事故に巻き込まれた可能性はないと思う。とはTmの兄の弁。
 
 バイト中の逃亡は好くある話だし、実際俺も何度も経験させられた(仕事開始後30分で仕事先に抗議し、帰った奴とか)が。今回のは強烈だ。家族はあまり心配していないかもしれないが、俺は非常に心配している。というか結構怒っていた(まあ、今では怒りも結構薄れているが)